オナ禁教

禁欲をすることで性欲をはじめとする煩悩を超越し、人生を充実させることを目的とする場

オナ禁ができないというのは結局のところ甘え

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あなたはもしかしたら、オナ禁なんてできるわけがないと思っているかもしれない。事実そのようなことを口に出したのを聞いたこともある。

だが、「オナ禁ができない」というのは本当は嘘なのだ。なぜならあなたは普段からオナ禁をしているからである。もしあなたが本当に自分の意思が全く制御できずオナ禁ができないなら、今頃、人前でしごいて、刑務所行きになっているはずである。そうなっていないのはあなたが一時的であるせよ自分の意思でオナ禁をしているからである。あなたが性欲をが高まっても場所分別わきまえず人前でしごいたりしないのは、人前でしごけばブタ箱行きになり、人生が終了することが分かっているからである。つまりそこには、「ブタ箱にぶちこまれて、人生を終了させたくない」という強力な動機付けがあるからに過ぎない。あるいは単純に恥をかきたくないというのも強力な動機付けである。恥をかくことは苦痛だからだ。このようにして、ほとんどのオナ猿も特定の場面ではオナ禁をすることができているのである。じつのところオナ禁というのは、このしごいたらまずい場面の時間をどれだけ増やせるかというだけの話でしかないのだ。
したがって、オナ禁を継続させるには、そのような動機付けを自宅でも継続させることが重要である。もしかしたら、オナ猿の自分をモニタリングされているかもしれない。そう考えればあなたは自宅でしごくことに躊躇するはずである。

オナ禁ができないのは、人にさえ見られなければどれだけ快楽を貪ってもかまわないという精神の堕落である。そして本来人に見られてはまずいものを、継続するということは、ますます精神を腐敗させていく。