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オナ禁教

禁欲をすることで性欲をはじめとする煩悩を超越し、人生を充実させることを目的とする場

性欲からの自由

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人生は苦しみに満ちている。そして人々は苦しみから逃れたいと思っている。苦しみとはどんな時に生じるか。それは欲望が満たされない時である。人間は苦しみを消すために欲望を完全に満たそうとする。しかし、欲望には限度がないから、欲望を完全に満たすことは不可能である。欲望が無限に広がるからこそ、そこから生まれる苦しみの原因も無限に増大する。したがって、苦しみから自由になるには、苦しみの原因である欲望、すなわち煩悩を消し去る必要がある。

例えば、孤独という苦しみの背景には「他者に存在を認められたい」「自分の価値を認めてもらいたい」といった煩悩が潜んでいる。煩悩を滅却しない限り、苦しみを消すことはできないのだ。

人々が通常望む自由とは、欲望のための自由であって、欲望からの自由ではない。例えば好きな女優でしごきまくりたいという欲望を持ち、このような自由を望むことは、性欲という煩悩の奴隷になることを意味している。欲望のための自由は欲望からの不自由であるから、欲望のための自由と欲望からの自由は対立する。

ではオナ禁をすれば煩悩から自由になることができるのか。答えは否である。オナ禁をするということはオナ禁をすることによる効能を期待するといった煩悩が根底にあるからだ。

生きている限り欲望から完全に自由になることは不可能である。死ねば、欲望から完全に自由になれると思うかもしれないが、死ぬと自由であると感じる主体そのものが消失してしまうので、自由と安らぎを手にすることはできない。全ての欲望を消し去ることはできないが、苦しみの原因となる煩悩を減らすことはできる。オナ禁をすることで少なくとも性欲という煩悩からは自由になることができるのだ。